べどの日記

落語の記録

第二回「長講大一番」立川寸志 三遊亭好二郎

好二郎 鼠穴
寸志 景清


4/5の配信をアーカイブで視聴。


両名ともに、マクラで長講2席の珍しさと難しさを話す。
演る方もリズムが違って難しいそう。
落語家により向き不向きもあるだろうけれど、このような企画の会は続けてほしい。
先日の、白鳥師の代官山落語もそうだけれど、無観客でのオンラインだからこそ生きる企画だと思う。


寸志さんも好二郎さんも、ともに非寄席育ち。
立川流としては志らく師・談春師世代の次を担える1人だろうし、円楽一門会としては兼好師・萬橘師の下世代としてこれからがスタート。
長く楽しんでいきたい。


好二郎…兼好師の型なのだろうか。
    サゲは「兄さんのおかげで夢から醒めた」。
    好二郎さんんお人柄のためか、悲惨さが弱めな印象。


寸志…サゲは、目が治った後に定次郎の作った観音像が、雷が鳴ると目を開けるというもの。
   影の具合で、盲人らしさが強く感じられた。
   障害の噺は難しいと聞くが、信心モノというのも、そのままでは現代に受け入れられにくい要素かもしれない。
   ただ、技術ではどうしようもない運命とでもいうべき事態に直面したときの人の心の機微という視点なら、現代でも理解の余地がある気がする。
   昇太師も「困ったときに人は変なことをする。それが落語になる。」というようなことを言っていた。
   そのうえでも、『景清』である必然性は問われるのだろうが。